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タイタンの妖女を情熱的に感想・レビュー。SFという形式を借りた、”優しい”哲学書に出会いました。

投稿日: カテゴリー: Blog(ブログ), Literature(文学), Philosophy(哲学), Thinking(考え)

どうもこんにちは、SenKuSya代表の原田です。

今日は、僕が今まで読んだ、文学の中で、一番長かった、タイタンの妖女について、語りたいと思います。これはアメリカのカート・ヴォネガット・ジュニアという作家が、書いた本なんですけど、この本の長さといったら、もうたまらないんですが、しかし、内容がとても面白いので、退屈するようなことは、ありませんね。




ラジオ感覚で聞きたい方は、動画でどうぞ

後ほど追加します。

爆笑問題 太田光が超絶オススメ

もともと、僕がこれを読んだきっかけと言うのは、僕は、芸人の爆笑問題の太田光さんが、とてつもなく好きなんですね。漫才が好きというよりも、彼の生き方、考え方、思考の深さ、みたいなところを、尊敬してるんですけど、彼は、昔から、物凄く本を読むらしいんですね。

だから、僕も真似して、彼がオススメしてる本ってのは、結構読んでるんですけど、その中でも、このタイタンの妖女は、自分の読書の中で、最高傑作だと行ってるんですよ。太宰治とか、宮沢賢治とか、ジョン・アーヴィングとか、サリンジャーとか、世界中のいろいろな作家の本を読んでいて、この中にも感動する作品は、たくさんあるのに、それでもなお、これが一番だって、言い切ってるんですよ。そしたら、これを読まないわけには、いかないだろうと、そう思って、読み始めました。彼の事務所は、タイタンってところなんですけど、これもこの、タイタンの妖女から、取ってきたらしいので、より一層、気になった次第です。

タイタンの妖女って、どんな話?

それでは、早速タイタンの妖女の内容に入っていきたいと思います。内容を簡潔に説明すると、以下のとおりです。

時空を超えた、あらゆる時と場所に、波動現象として存在する、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードは、神のような力を使って、さまざまな計画を実行し、人類を導いていた。その計画で操られる、最大の受難者が、全米一の大富豪、マラカイ・コンスタントだった。富も記憶も奪われ、地球から火星、水星へと、太陽系を流浪させられるコンスタントの行く末と、人類の究極の運命とは?巨匠がシニカルかつユーモラスに描いた感動作。

まあ、この説明だけで、想像できる人は、かなりの強者です。
もう少し具体的に説明すると、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードという人物が、ある時、宇宙のブラックホールみたいなところに、飛び込むんですね。そしたら、神のような力を、手にするわけです。宇宙をまたいで、あらゆる場所に出現することが出来て、未来を予知することが出来るという、そんな力をですね。

そこで、主人公である、マラカイ・コンスタントという人物がいるんですが、この人は、もう親が稼いだ金で、全米一の大富豪なんですが、めちゃくちゃしてるわけですよ。特に、才能に優れているわけでも無いんですが、とにかく、運が良いんですね。運のよさだけで、カネを稼いでるわけなので、めちゃくちゃ傲慢なんです。そのコンスタントが、ラムファードの予知によると、地球を救うのに、欠かせない存在だとなるわけです。

それで、まあ、結論から言うと、このコンスタントは、ラムファードの予知に、一ミリも逆らえないんですね。全てがラムファードの予知通りに進むってわけです。
それで、地球での記憶を全て、奪われ、火星に飛ばされたり、水星に飛ばされたり、最後に、土星の衛星であるタイタンという星に飛ばされるわけなんです。

この本をとおして、ヴォネガットが伝えたかった、メッセージとは?

地球から、タイタンに飛ぶまでの経緯は、是非とも自分の目で確かめてほしいので、このブログでは、じゃあ、この作家が伝えたかったメッセージは何なの?、という結論だけ、述べたいと思います。

この小説では、宇宙が誕生した理由、地球が誕生した理由、人類が繁栄した理由、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードが神のような力を手にした理由、そして、マラカイ・コンスタントが、こんなに宇宙を放浪して、最終的にタイタンに到着した理由を、たったひ一つの理由で、片付けてしまいます。

それで、その、これまで人類が繁栄してきた理由ってのは、タイタンに不時着した、どこかの星から来た宇宙人の、乗ってきた宇宙船の、故障した部品を届けるためだったってオチです。

え、それだけ?僕たちが生きてきた理由って、たったそれだけ?ってことが、この長い物語のミソなんです。

つまり、作家のヴォネガットが伝えたかったのは、人間の生きてる意味なんて、大したことじゃないよってことです。そして、意味なんかあってもなくても、自分が考えたこと、経験したこと、感動したことは、偽りのない本物だろってことです。だから、安心して生きて良いんだよってのを、このヴォネガットは、この物語を通じて教えてくれるんですね。

そういうわけで、この物語は、哲学的な問いのようなモノを、すごく優しく解決してくれるんですね。そういう意味で、僕は大好きな小説です。いまは、量子力学の世界から、いまのこの世界、現実は、実は、誰かが作ったシュミレーションゲームのようなもので、仮想現実なんじゃないかって説も、あるじゃないですか。

だから、どうしたってわけです。仮に、仮想現実だとしたら、生きてる意味がなくなるってのか。そういうわけじゃないんですね。どういう意図で、自分がここに存在しているのか、まあ、そういうことは関係ないんですね。

勿論、それを専門的に調べる人たちも沢山いますが、そういうことは、それを調べたい人に任せて、僕たちは、意味とか意図とか、そんなんじゃなくて、純粋に、やりたいことをやって、生きていこうよ、もし、何か、意図があるのだとしたら、それは絶対的なものだから、僕たちが、どうこうやって、生きたって、結果は変わらない。だから、自分の、生の、本当の、経験や、感動、情熱ってのを、大切にして、歩んでいこうよって、思いました。

僕の感想としては、ここで終わりなんですが、この物語には、こころ打つ名言が、たくさん紹介されていたので、それを紹介したいと思います。




タイタンの妖女の中に、散らばる名言集

はじめて真実の愛を知るときを、たのしみに待ちたまえ、ビー。貴族性の外面的な証拠をなにひとつ持たずに、貴族らしく振舞うときをたのしみに待ちたまえ。きみが神から授かった威厳と知性と優しさ以外になにも持たなくなるときを、たのしみに待ちたまえ──それらの材料だけで、ほかのいっさいを使わずに、すばらしく美しいなにかを作りあげるときを、たのしみに待ちたまえ

わしがランサム・K・ファーンにもしおまえのツキが落ちたらこの手紙をわたしてやってくれとたのんだわけはだれしもツキがあるうちはなにも考えんしなにも気がつかんからだ。そんなことする必要がどこにある?    だからせがれよ、わしにかわってまわりを見まわしておくれ。もしおまえが無一文でだれかがとっぴょうしもない相談をもちかけてきたとしたらわしはその話に乗れと忠告するよ。なにかをまなぼうという気になったらおまえはなにかをまなべるかもしれん。たった一つわしがこれまでにまなんだことはこの世には運のいい人間と運のわるい人間とがいてそのわけはハーヴァード・ビジネス・スクールの卒業生にもわからんということだ 

新しく興味ある惑星を見る機会と、あなたの故郷の惑星を新しく美しい客観的な角度から見る機会を、さしあげたいので

善が、悪ほどたびたび勝利をあげることができないという理由は、どこにもない。勝利はすべて組織力の問題だ。もし、天使というようなものが存在するなら、せめてマフィア程度の組織力は持ってもらいたい

「あきれたもんだぜ、相棒」と彼は声に出していった。「おれたち、こんな宇宙の真ん中でなにしてるんだ? こんな服着てなにしてるんだ? このばかげたしろものの舵をとってるなあ、だれなんだ? なんでおれたちゃ、このブリキ缶に乗りこんだんだ? なんでおれたちゃ、むこうへ着いたらだれかを鉄砲で撃たなきゃならないんだ? なんで相手はおれたちを撃ちにくるんだ? なんでだよ?」とボアズはいった。「相棒、なんでだか教えてくれ

「おまえはおれに大ニュースを知らせにきた」とボアズはいった。「『ボアズ、おれたちは自由になれるぞ!』とおまえはいった。それでおれは興奮しちまって、自分のやってたことをおっぽりだし、自由になろうとした。  それからおれは、自由になるんだぞと自分にいいきかせた。そして、それがどんなことなのか考えてみた。おれの見えるのは人間どもだけだった。やつらはおれをこっちへ押しこんだり、あっちへ押しのけたりする──そして、なにをやっても気にくわず、なにをやっても幸せになれないもんだから、よけいにカッカする。それからこんどは、おれがやつらを幸せにしなかったのをブツクサいいだし、また押しあいへしあいをやらかすんだ

レッドワインの会衆が、べつに風変わりなわけではない。べつに狂信者ぞろいというわけではない。地球には、みずからにハンディキャップを課して、しかも幸福でいる人間が、文字どおり何十億といるのだ。  なにが彼らをそんなに幸福にしたかというと、もう他人の弱点につけこむ人間がだれもいなくなったからである

ラムファードは、宇宙のさすらいびとの気持ちを読みとった。「連中は、これがあべこべでも、やはりおなじように喜ぶんだよ」 「あべこべ?」宇宙のさすらいびとは聞きかえした。 「もし大きな報酬が先で、大きな苦しみがそのあとにきても、さ」ラムファードはいった。「彼らが好きなのは、その対照なんだ。事件の順序はどっちだって気にしない。つまり、どんでん返しのスリル──

きみがこれまでの人生でやった善いことを、たったひとつでいいから話してみたまえ──思いだせる範囲で

むかしむかし、トラルファマドール星には、機械とはまったくちがった生物が住んでいた。彼らは信頼性がなかった。能率的でもなかった。予測がつかなかった。耐久力もなかった。おまけにこの哀れな生物たちは、存在するものすべてなんらかの目的を持たねばならず、またある種の目的はほかの目的よりもっと高尚だという観念にとりつかれていた。この生物は、彼らの目的がいったいなんであるかを見出そうとする試みで、ほとんどの時間を費していた。そして、これこそは彼らの目的であると思われるものを見出すたびに、その目的のあまりの低級さにすっかり自己嫌悪と羞恥におちいるのが常だった。そこで、そんな低級な目的に奉仕するよりはと、生物たちは一つの機械をこしらえ、それに奉仕を代行させることにした。これで、生物たちには、もっと高級な目的に奉仕する暇ができた。しかし、いくら前より高級な目的を見つけても、彼らはその目的の高級さになかなか満足できないのだった。そこで、より高級なかずかずの目的に奉仕するよう、かずかずの機械が作られた。そして、これらの機械はあらゆることをみごとにやってのけたので、とうとう生物たちの最高の目的がなんであるかを見つける仕事を仰せつかることになった。機械たちは、生物たちがなにかの目的を持っているとはとうてい考えられないという結論を、ありのままに報告した。それを聞いて、生物たちはおたがいの殺し合いをはじめた。彼らは目的のないものをなによりも憎んでいたからである。やがて彼らは、自分たちが殺し合いさえもあまり巧くないことに気づいた。そこで、その仕事も機械たちにまかせることにした。そして機械たちは、〈トラルファマドール〉というのに要するよりも短い時間で、その仕事をやりおえてしまった

「なにが起こっても、どんなに美しい、それとも悲しい、それともうれしい、それとも恐ろしいことが起こっても」と、マラカイ・コンスタントはタイタンで家族に告げた。「おれはもうぜったいに反応しない。だれかが、それともなにかが、おれをある特別な方向へ行動させたがっているらしいとわかったとたんに、おれはてこでも動かなくなってやる」彼は土星の環を見あげ、口もとを歪めた。「なんとまあ絶景じゃないか」彼はぺっと地面に唾を吐いた。 「もし、なにかとんでもない計画におれを使おうと考えているやつがいたら、そいつはその時になってがっかりしないことだな。この彫刻のどれかを思うように動かすほうが、よっぽど楽だろうから」  彼はまた唾を吐いた。 「おれに関するかぎり、この宇宙はなにもかもバカ高い値段のついたゴミ捨て場だ。おれはバーゲン品を探してゴミ山をひっかき回すのにあきあきした。いわゆるバーゲン品というやつにかぎって、細いワイヤで花束爆弾につながってやがるんだ」彼は三たび唾を吐いた

「機械だって?」とサロはいった。たどたどしい口調で、コンスタントやビアトリスやクロノより、むしろ自分に聞かせるように。「たしかにわたしは機械だ、そしてわたしの種族も」とサロはいった。「わたしは設計され、制作された。わたしを信頼できるものに、能率のいいものに、予測できるものに、耐久力のあるものにするためには、どんな経費も技術も惜しみなくつぎこまれた。わたしは、わたしの種族の作りうる最高の機械だった」  サロは自問した。「そのわたしは、どれほどすぐれた機械であるかを立証したろうか?」  サロはいった。「信頼性? わたしは目的地へ着くまでメッセージを開かないだろう、と信頼されていた。だが、いまわたしはその封を破ってしまった」  サロはいった。「能率性? この宇宙で最大の親友を失ったいま、わたしは枯葉の上をまたぐのにも、これまでラムファード山を越えるのに使った以上のエネルギーを要するようになった」  サロはいった。「予測可能性? 二十万地球年のあいだ人間を見まもりつづけたおかげで、わたしは地球のいちばん愚かな女生徒のように、移り気でおセンチになってしまった」  サロは陰気にいった。「耐久性? それはいまにわかることだ

「親友よ──見ておくれ」サロは思い出の中のラムファードにむかっていった。「これがきみに大きな慰めを与えてくれますように、スキップ。年とったこのサロには、これは大きな苦しみしか与えてくれないがね。これをきみに与えるために──たとえそれが遅すぎたにしても──きみの親友のサロは自分の存在の核心に対して、機械であるという本質そのものに対して、戦いを挑まなくちゃならなかったんだよ。  きみは機械にとって不可能なことを要求した。そして、機械はそれに応じた。  その機械はもはや機械じゃない。接点は錆びつき、ベアリングは傷み、回路はショートし、ギアは摩滅した。その心は地球人の心のように、ジージープツプツ雑音を立てている。いろいろの考えで、ショートし、過熱している──愛とか、名誉とか、威厳とか、権利とか、業績とか、高潔さとか、独立とか──」  年老いたサロは、ふたたびラムファードの椅子からメッセージをとりあげた。それはアルミニウムの四角な薄板に書かれていた。メッセージは、たった一つの点で表わされていた。 「わたしがどんなふうに利用されたか、どんなふうに一生を棒に振ったかを知りたいかね?」とサロはいった。「わたしが五十万地球年近くも持ち歩いていたメッセージ──そして、もう千八百万年も持ちつづけるはずになっていたメッセージが、どんなものか知りたいかね?」  サロは吸盤になった足でアルミの薄板を上にかざした。 「点が一つ」とサロはいった。 「たった一つのポツさ」とサロはいった。 「ポツ一つの意味をトラルファマドール星語に翻訳すると」とサロはいった。「それは──  よろしく、という意味なんだ

すべてはたいそう悲しかった。しかし、すべてはたいそう美しかった

トラルファマドール星の力が、地球の事件となんらかの関係を持ったことを、否定するものではない。しかし、トラルファマドール星の利益に奉仕した人びとは、トラルファマドール星がその事件にはほとんどなんの関係も持たぬといいうるほどの、きわめて個性的な方法で彼らに奉仕したのである

ビアトリスはくるりと絵に背を向け、ふたたび中庭に歩み出た。彼女が自分の著書につけ加えたいと思った考えが、いまや頭の中で整理されたのだ。 「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」と彼女はいった。「それはだれにもなにごとにも利用されないことである」  この考えが彼女の緊張をほぐした。彼女はラムファードの古ぼけた曲面椅子に横たわり、背すじの寒くなるほど美しい土星の環──ラムファードの虹──を見あげた。 「わたしを利用してくれてありがとう」と彼女はコンスタントにいった。「たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても」 「いや、どういたしまして」とコンスタント

「ばかばかしい使命ではるばるこんなところまで旅したものには、その使命をやりとげて阿呆どもの名誉を守るしか、ほかに道はないんだよ

「きみたちはとうとう愛しあうことができたんだね」とサロ。 「たった一地球年前のことだった」とコンスタント。「おれたちはそれだけ長いあいだかかってやっと気づいたんだよ。人生の目的は、どこのだれがそれを操っているにしろ、手近にいて愛されるのを待っているだれかを愛することだ、と

おれたち──おれたちはほんとに天国へ行くのかね?」とコンスタントはいった。「おれが──このおれが天国へ行けるのか?」 「おれにそのわけを聞くんじゃないぜ、相棒」とストーニイはいった。「だがな、天にいるだれかさんはおまえが気に入ってるんだよ

いかがでしたか、何か胸に響くセリフは有りましたか。
これらは、僕がこの物語を読んで、胸に響いたもの全てです。

カート・ヴォネガット・ジュニアという、魅力あふれる男について

最後に、ヴォネガットについてです。

とても話上手なおじさんが、とぼけた口調で面白おかしい物語を聞かせてくれます。どうしようもないほどバカな人間たちの演じる、時にはグロテスクで、時には悲しく、時には美しい、しかしつねに滑稽である物語です。腹をかかえて笑いころげながら、聞き手はいつのまにかしんみりとなにかを考えさせられてしまいます。おじさんは、この世界で人間たちのやらかしているバカな行ないに、腹が立って、悲しくてならないけれども、それでいて、そんな人間たちが大好きなのです。おじさんは、この不完全な世界をもっとマシなものにしたいと、思ってもいます。しかし、これまでのエライ人たちがやったように、頭ごなしに人間のバカさかげんをきめつけたり、こうしろと説教したりすることで、世界がよくなるとはアテにしていません。ガンの病人に本当のことを教えれば、助かるものも助からなくなるかもしれず、また一発で治る妙薬もあるはずがないのです。おじさんがもしなにかを信じているとすれば、それは笑いの効力だけです。どうしようもなくバカな人間たちの姿を時には誇張したり、時にはいたわりでくるんだりした滑稽な作り話で、聞き手を笑わせながら、その笑いをつうじて、聞き手の心に、ほんの束の間でもいい、人間どうしのつながり、思いやり、といったものをかきたてられたら、とねがっている──  そんな作家がカート・ヴォネガットではないでしょうか。  そして、そんな作家が、長い不遇な期間のあと、まずアメリカの大学生のアイドル的存在になり、さらに一般読者のあいだにも人気を得て、いまやなにを書いてもベストセラーが保証される数すくない作家の一人になったのは、時代そのものが彼のメッセージを受けいれるまでに変化したからでしょうか。もしそうなら、喜ばしいかぎりといえますが、文名があがるにつれて、ヴォネガットの近作には、逆に作者の絶望が色濃くにじみ出してきたようで、そのへんが少なからず気になるところでもあります

ところで、ヴォネガットのような作家が、なぜSFを書くのか。その一つの答えが、六五年に書かれた『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』の中に示されているように思われます。この長篇は、シオドア・スタージョンの名前をもじったようなキルゴア・トラウトというSF作家が登場することを除くと、むしろふつうの現代小説ですが、その中で、熱狂的な博愛家である主人公のエリオット・ローズウォーターが、ほろよい機嫌でSF作家の会議に押しかけ、こんなスピーチをする一場面があるのです。   「ぼくはくそったれな諸君が大好きだ。最近は、きみらの書くものしか読まない。……(中略)……きみらのようにおっちょこちょいな連中でなければ、無限の時間と距離、決して死に絶えることのない神秘、いまわれわれはこのさき何十億年かの旅が天国行きになるか地獄行きになるかの分かれ道にいるという事実──こういうことに心をすりへらしたりはしない

まるで、物語のセリフのようなことを、現実でいうおじさん、それがこのヴォネガットという人です。
是非、また彼の他の文学も読んでいきたいと思います。

それでは、また、来週。




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