うれしい悲鳴をあげてくれを情熱的に感想・レビュー。誕生日を祝う理由が自分を進化させる。死を意識して生きる。

投稿日: カテゴリー: Blog(ブログ), Literature(文学)




どうも、こんにちは。本日誕生日を迎えた方は、誕生日おめでとうございます。さて、どうして私たちは誕生日を祝うのでしょうか。子供の頃は、誕生日にはプレゼントがもらえるのが楽しみで、誕生日が来るのが楽しみで仕方なかった。しかし、もう僕は大人になった。欲しいモノを誕生日におねだりするなんてこともあまりない。それでも、誕生日は祝う。それはなぜか。歳を重ねれば重ねるだけ、間違いなく僕は死に近づいていく。言わば、誕生日なんてものは死へのカウントダウンに変わりない。それなのに何で……


というわけで今回はそんな誕生日を祝う理由について述べていきたいと思います。



「うれしい悲鳴をあげてくれ」(いしわたり淳治)

前回も話す内容をこの本から持ってきましたが、今回もここから持ってきました。ちなみに前回の記事はこちら。


https://senku-sya.com/2016/11/29/hirameki/


この本は考えさせられる内容がたくさん書いてあるので、今後も何度か取り上げるかとは思います。ご興味ある方は是非買ってみてください。




誕生日は僕に進化のきっかけを与えてくれる

誕生日は見方によっては、ただ死に近づくだけに見えますが、それは僕に進化のきっかけを与えてくれるものだと気付かされました。


この本では擬人化した誕生日とある男の会話形式で物語が進んでいきます。そして次のように言ってます。

(誕生日)「動物が進化し、姿を変えてきたのは死の恐怖から逃れるためだ。永遠に生きられると知ったら生き物は学習や努力を辞める。死の恐怖がなければ進化をやめてしまうのだ。気づかなかったかもしれないが、お前自身も少しずつ進化していた。」
「おれは一年に一度、ありのままのお前の姿を教えに来ていたんだ。」
毎年、たしかに男と誕生日の間にはたいした会話はなかった。しかし、男は誕生日の冷たい瞳の中に写った自分の姿を見て、ふと我に返り、将来に焦り、悩み、苦しみ、もがいた。恰好の悪い部分をなおし、自分を戒めようとした。まさに少しずつ進化していたのだ。そしてその「進化」にまつわる悲喜こもごもが、男の人生に美しい彩りを添えてきた。



年に一度、自分の姿を振り返らせてくれる、その機会が誕生日だということです。「あれ、自分このままで大丈夫か?」とか「何歳になったから変わらなきゃ!」とか「自分が思い描いてたこの歳ってどんな印象だったかな?」とか、思うことは人それぞれ違うとは思いますが、その考えさせるきっかけを与えてくれることが重要なんだと思います。たまに自分が進んできた軌跡を振り返ってみて、ああだこうだと真剣に考える機会が一年に一度あるのはとても良いことなんじゃないでしょうか。そこで、自分が間違っていると思ったら正してみたり、思い通りにいってなかったら悩んでもがいたり、次こそはと自分を戒めてみたり、将来の像と現実が離れていたら焦ってみたり、そうやって大きく、もしくは少しずつでも、進化できる機会が誕生日にはあるんだ、とそう思って誕生日を祝いましょう。


本では誕生日について筆者のコメントが次のように書いてあります。

ぼやぼやしていると誕生日が来る。みんなも気をつけたほうが良い。僕も先日、ふいに27歳になった。今回も当たり前のように誕生日を祝ったが、何故祝うのか僕は実際のところ、よくわかっていない。だからもうこれからは、こんな感じで自分の「進化」を祝っているのだと納得することにした。
まったく。誕生日ってやつはいつも少し気が早い。時間に厳しくて、絶対に遅刻しない。こっちに心の準備が出来ていようがいまいがお構いなしだ。しれっとした顔で、少し早い時期から僕の心のデリケートな部分に土足でずかずかと上がり込んで来たかと思うと、どっかりと腰を下ろして、ひとこと「んで、お前これからどうすんの?」と、こうだ。まったく気の利かない、無礼なやつだ。でも、まあ仕方がない。こいつが来ないといまごろ僕は、まずいやつになっていたか死んでいたかのどちらかなのだから。



「んで、お前これからどうすんの?」って誕生日から問われるように書いてある所が素晴らしいですよね。自分がこれからどう生きるかっていうのを誕生日は考えさせてくれます。たとえいくつになっても考えるんじゃないでしょうか。毎日毎日、学生の方は学校に行って、社会人の方は会社に行って、自営業の方は自分のサービスを販売してます。この生活がこれからもずっと続くわけじゃなく、いつか終わりが来るってことは誰もが分かっていると思います。昨日も一昨日も先週も同じことをしていたから、今日も僕は私は同じように学校に行ったり、会社に行ったり、同じサービスを販売したりするんだっていう風にならないように気を付けてください。一つ一つのことに意味を持ってください。いつか終わってしまうことなんですから。そこに意味を持たせて、何の為に自分はやっているのかを把握しなければ、日々が惰性で過ぎていきます。



死を意識して生きる

スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学でのスピーチでこのようなことを言っています。

「もし、今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」
それに対する答えが”No”の日が何日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。



僕は、この言葉を何十回も何百回も思い返します。ジョブズは常に死を意識して行動してました。死こそが最高の発明だ、と言っていました。僕たちは、衣食住に困ることはなく、街はいつも平和で、死は意識しづらいことかもしれません。いま僕達が気にしているかもしれない、外部からの期待や、己のプライドや、屈辱や挫折やその他の恐怖は、死んだら全てなくなります。だから、死ぬ覚悟をもてたら、そんなことは気にならなくて、なんでも行動に移せるんじゃないでしょうか。常に死を意識していれば、もっと密度の高い、惰性じゃなくて一つ一つの行動に芯を持った日々を生きられるんじゃないか、とまあそんなことを思いました。


ということで、今日はこのへんで終わります。それではまた今度。

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