その4:(100点)太田光の「しごとのはなし」を情熱的に感想・評価・レビュー。僕はどう生きるか

投稿日: カテゴリー: Blog(ブログ), English(英語サイト), MembersOnly(会員限定), Radio(ラジオ), Self‐development(自己啓発), Thinking(考え), 太田光

どうもこんにちは、SenKuSya代表のKotaです。

今回も引き続き、太田光の「しごとのはなし」について書いていきますが、今回が最終回です。
まだその1、その2、その3をご覧になっていない方は、そちらから是非読んでいただければと思います。

その1:(100点)太田光の「しごとのはなし」を情熱的に感想・評価・レビュー。太田光...
太田光というと、テレビでの、お馬鹿なことばかりしている、というイメージを持っている方が多いかと思いますが、ラジオなどを聞くとわかりますが、数多くの本を読み、...
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その3:(100点)太田光の「しごとのはなし」を情熱的に感想・評価・レビュー。向田邦...
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「しごとのはなし」について

情報誌「ぴあ」で約2年間連載した「しごとのはなし」が1冊の本になりました。
「プロとアマのはなし」「お金のはなし」「不景気のはなし」「ヒットのはなし」……
自らの“しごと”にまつわる35のテーマをもとに、太田光独自の目線でたっぷり語り下ろし!
仕事とは? 世間とは? 個性とは? 表現とは? 人間とは?
日々悩んでいるあなた、人生に迷っているあなた、自分を変えたいあなたへお贈りする、目からウロコの生きるヒントがここにあります。


ピュアじゃなくて良い

この本において紹介したい引用部分は、前回までで全て紹介できたので、今回はがっつりと感想を書いていきたいと思う。

まず、僕がこの本に出会ったのは、1年前の12月だ。
その頃に書いた感想文が今でも自分のPCに残っている。

当時の僕の状況を少し説明すると、1年以上お世話になっていたITの会社を辞めて、さあ起業しようと、このSenKuSyaを立ち上げて、ホームページを作ったり、名刺を作ったりしながら、月に2回ほど講演会を開催していた。

当時の僕は、世界中にいる若者に、もっと様々な分野のことを知ってもらいたいと感じていた。
学校の先生や、身の周りの大人たちから学べることだけで、将来のことを判断しないでほしいし、もっと広い世界を知って、様々なことに積極的に挑戦してほしいなと思っていた。
そう思っているなら、自分がまずそれを広めるために動き出すしかないだろう。
自分自身の力だけで、一体どれほどの人の心を動かせるかは皆目検討もつかなかったが、そういう活動に本格的に取り組みたいと思っていた。
また、自分自身の影響力というものにも純粋に興味があった。
そして、自分なら伝えたいことは山ほどあるから、常に新しい考えや価値観を提供できると思っていた。

しかし、いざ講演会をやったり、ブログを書いたりして、自分の考えていることをしっかりと文字に起こして頭を整理してみると、意外とそんなに思いつかなかったのだ。

その時初めて、自分の考えの底を見たような気がした。
そして、同時に、自分はこの活動を一生捧げてでもやりたいと思えているのかと疑うようになった。
自分がしたいこととは一体何なのか。
セミナーをしたいのか。有名な人の講演を世界中から視聴できるプラットフォームを作りたいのか。
ゲームプログラミングの学習もしていたので、本当はゲームを作りたいんじゃないかとも考えた。
自分の人生の全てを捧げることができるものは一体どれなのか、判別できなかった。

本当にやりたいことを見つけていない気がして、ひたすらに本を読んだり、講演をしたり、ゲームを作ったり、プログラミングを学習していた。
そうすれば、何か見つけれるんじゃないかと考えていた。

そんな時に、この本に書いてあった「ピュアじゃなくていい」という言葉にぐっと来たのを覚えている。
講演がしたくても、ブログを書きたくても、プラットフォームを作りたくても、ゲームを作りたくても、それを全て同時に思っててもいいんだなと思えた。
また、その時のモチベーションも、作品を作りたいとか、誰かの役に立ちたいという完全無欠な思想じゃなくても、お金が欲しいという気持ちや、有名になりたいという気持ちや、女の子にモテたいという気持ちが入り混じっていても、それで良いんだと言っていた。
その言葉に非常に救われた。

そんなありきたりな言葉で感動するなんて、安っぽいと思うかもしれないが、自分の尊敬する太田光がそう言っていたことに、僕は感動したのだ。
高校時代に友人がいなかったので、ずっと読書をしていたり、大学時代に自分のやりたいことが分からず必死に抗ったり、芸能界を干されて殆ど仕事がないときでも下手なバイトなんかせず、自分のやり方を貫いていたりするような太田光が、そう言っていたのだから、こんな天才的な人でも、純粋ではいられないんだ、と感動したのだ。
それなら、僕が一丁前に純粋ぶっても、そんなの偽物でしかない。
そんなことよりは、自分の心に正直にいようと考えるようになった。

そんなことがあって、この本を当時は、「行動指針のバイブル」と位置付けていた。

やりたいことは、今でもたくさんある。
ニューヨークで働いてみたいし、GoogleやAppleといったITの巨人の元でも働いてみたい。
ゲーム会社にも務めてみたいし、自分の手で新たなサービスを生み出してもみたい。
講演会だって定期的に開催したいし、こうやって今後もブログで意見を発信することも続けていたい。
テレビの世界にだって興味があるし、音楽活動もやってみたいし、引きこもって読書やプログラミングだけをやり続ける生活というのも一年ぐらいやってみたい。
どれか一つに決めることなんて、今でも到底できそうにない。


隠すかさらけ出すか

前回のブログで書いたが、この本では向田邦子と太宰治の話を取り上げている。
向田邦子は、自分の辛かったものを全て隠して、人生は楽しいといっている。
逆に太宰治は、常に自分だけに焦点を当てて、辛いこと苦しいことを書いている。

この二人の存在を考えると、どちらのやり方でも天才的なものは生み出せるのだろう。
しかし、僕は一体どちらにするべきなのだろうかと考えていた。

どちらが得意かと言えば、人生は楽しいことに溢れている、とポジティブなことを言う方だ。
思うに、尊敬されている人なんてものは、ダメな部分は隠して、良い部分だけをクローズアップしている気がする。

例えば、僕の尊敬するスティーブ・ジョブズや、イーロンマスクなどの起業家の場合も、僕は彼らの伝記を読んで、彼らの素顔を好きになっているような気になっているが、もちろんそこに載せていないことなんて沢山あるはずだ。
また、アイドルも然りで、良い部分だけを見せて、悪い部分などは隠すことで、魅力が削がれないようにしている。
それが悪いことだとは全然思わない。
むしろ、見る側にとっては、欠点など無い方が、熱狂的なファンになれるし、失望することもないのだから、都合が良いかもしれない。

だが、成功者でも、アイドルでも、好きなことで生きていくといった謳い文句でも、様々な成功談でも、そこには数多の挑戦者がいて、一握りの生き残った人の言葉だけが残っていて、敗者の言葉は残っていないだけで、そこにはやはり沢山の、叶わなかった人たちがいるという事実は常に忘れてはならないはずだ。
そう考えた時に、やはり僕は弱さや迷いを隠そうという気にはあまりなれない。
都合のいい成功談よりも、どう迷ったか、どう足掻いたかも、しっかり書き漏らさずに残した方が、自分の成長記録としての役割も、同じ状況の他人を救える役割も担える気がするからだ。
しかし、だからと言って、太宰治のように、弱さや苦しさだけに焦点を当てて書き続けるのは無理がある。

このバランスってのは意外と難しい。
苦労話は、大物になってからした方がいいかもしれないのだろうけど、それって自分の為になるのだろうか。
日々考えていることや、感じていることなんてのは、記録しておかないとすぐに忘れる。
あとで思い返したものは、気づかぬうちに、自分にとって都合のいいように改ざんしたものということは多いはず。
現在進行形で壁にぶつかりながら書いていることなど、その瞬間はおそらく誰のためにもならないだろうけど、長い目で見た時に、当時のリアルな心境として明白に残るはずで、それは必ず誰かの役に立つはずだ。

だから僕は、壁や悩みについては、目の前にそれがある時に書き、人生は楽しいみたいな楽観的なことは、自分の人生を振り返るような形で書きたいと思う。
人生はイージーだなんてことは、長期的に見た方がそう感じやすい。
今までの僕の人生を振り返っても、当時は苦しかったかもしれないが、今の自分の視点から考えると、全部が簡単なことだったように思えるのも、きっとそのお陰だろう。


大衆受けについて

僕は大衆受けを目指すことは嫌っていた。
長いものには巻かれたくないと今でも思っている。
しかし、大衆受けを目指す方が、沢山の人の目に触れやすいことは事実だ。

大衆受けとオリジナリティのバランスってのも、これまた難しい。
僕の好きな「ゲスの極み乙女。」は、おそらく大衆向けの音楽ではない。
だけど、彼らの作り出す音楽のメロディやインパクトは、かなり大きい。
きっと多くの日本人の耳にしっかりとのこっているはず。
また、僕の尊敬しているAppleも、元々はギークな人向けのPCを作成していたはずで、それこそ10年前なんて、日本ではこんなに浸透していなかったはずなのに、今じゃ誰もが認知していて絶大な信頼を寄せるブランドになっている。

僕の中で、彼らだけは、凄く特別な存在だ。
大衆向けを目指して作ったものこそが、世界中に浸透するのか、ものが良ければ、それは自然と世界中に浸透するのか。
彼らを見ていると、後者のような気もするが、今の僕にはこの命題はまだ解決できそうにはない。
半年後、もしくは一年後には、自分の中で確固とした正解が出せるように、日々生きていきたいと思う。


ということで、「しごとのはなし」についての感想文はこれにて終わりにしたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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それでは、また明日。


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