IMG_4011

サルトル「嘔吐」を情熱的に感想・レビュー。自分自身の人生へ意味を持たせる為に、大事なこととは。

Posted 1 CommentPosted in Blog(ブログ), Literature(文学), MembersOnly(会員限定), Philosophy(哲学), Radio(ラジオ), Self‐development(自己啓発), Thinking(考え)

SenKuSya代表の原田です。 今日は、最近読んで感銘を受けた、サルトルの「嘔吐」というフランス文学について、思ったことを記していきたいと思う。 [amazonjs asin="4409130315" locale="JP" title="嘔吐 新訳"] [adsense_tag] ラジオ感覚で聞きたい方は、動画でどうぞ 後ほど追加します。 存在の意味について 例えば、道端に石ころが転がっていたとする。多分誰も気にも留めないだろう。 公園に行くと、大きな木が生えていた。大きな木が生えているなあということぐらいしか、思わない。 自分という人間がいる。よく分からないで生きてるけど、「生きている」ってことは、たしかに感じ取れる。 石ころや、大木と比べると、「存在」という観点では、私という人間の「存在」は価値が違うはずだ。 キリスト教の考えによると、人間というものは、神様が、自分と似せて造ったらしい。 だから、石ころや、大木と違って、人間が存在するのには、然るべき理由があるはずだ。だって、神様が作ったんだから。 いや、果たして本当にそうだろうか。 人類の起源は、猿から進化したとか、色々あるし、本当に、自分という存在の意味は、石ころや大木より、勝った特別なものなのか。 多分違う。石ころや、大木と何ら変わらない、たまたま、偶然、今という時間に、ここに存在するだけだ。 存在するということに、特別な意味はない。ただ、そこにあるだけ。それだけだ。 「嘔吐」の導入部分は、ざっくり言うと、こんな感じだった。 カート・ヴォネガット・ジュニアの「タイタンの妖女」では 存在している意味について。 自分でもいろいろ考えてみたし、様々な本を通して学んだことも沢山有る。 以前紹介したが、アメリカ文学の、カート・ヴォネガット・ジュニアが書いた「タイタンの妖女」では、 人間が生きる意味、存在している意味は、大したことじゃない。 そもそも、意味なんか必要ない。 意味なんか無くたって、自分が考えたこと、経験したこと、感動したことは、偽りのない、本当のことだろ? それだけが、この世で、唯一信じられることだろ? だから、安心して生きて良いんだよ、 と書いてあった。 タイタンの妖女を読んで。SFという形式を借りた、”優しい”哲学書に出会いました。 生きる意味を、考えずに生きる。たしかに、そういう手もある。 生きる意味なんて、そんな小難しいことを考えるのは、哲学者に任せて、自分は自分の思うように生きる。 生きる意味について、真剣に考えてる人なんて、ごく少数だろう。僕自身、この溢れんばかり人がいる東京で、そんなこと考えてる人とは、たった数人しか出会ったことがない。 だけど、僕は、ここを考えるのは、とてつもなく重要な事だと感じている。 以前考えていた生きる意味 以前の僕は、自分が生きる意味は、「この世界に、自分が生きていたという、爪痕を残すため」と思って生きていた。 だから、世界中で使われるサービスを、自分自身で生み出したかったし、自分が世界に何か、どでかいインパクトを与えたいと思っていた。 世界に爪痕を残せなければ、自分という存在は、自分が生きていたという証明は、自分の身近な数人にしか共有できないことだと思っていた。 しかし、どうやらそれは間違っていたようだ。 事実は、「自分の身近な人にすら残せない。いや、自分自身にすら残らない。」ということだった。 それが、この、サルトルの「嘔吐」という本を読んでの、一番の気付きだ。 自分は、今たしかに生きている。間違いない。 そして、自分は、今、色々なことを考えている。 エンジニアとして習得したいスキル、やってみたいサービス、訪れてみたい国、読んでみたい文学作品、太宰治について、ロックバンドカッコイイなあ、その他もろもろ。 今、僕がそういうことを考えている、ということも紛れもなく真実だ。 しかし、それは、現時点での真実でしかない。 2週間前、僕は、一体何を考えていたのか。何をしていたのか。 そんなことは、最早、僕自身ですら分からない。 多分、こう考えていたんだろう、こういう仕事をしていた、っというのは分かる。 だけど、これは真実ではない。 そして、こんな記憶も、1ヶ月も経てば、また変わっているだろう。 僕は、その時点では存在していたんだろうが、時が経った今、振り返ってみると、よく分からない。 振り返ってみて、よく分からないことに、意味なんてあるはずがない。 […]

カテゴリー: Philosophy(哲学)

人間不平等起源論を読んで、「自由」について改めて考えてみた。

Posted Leave a commentPosted in Blog(ブログ), MembersOnly(会員限定), Philosophy(哲学), Self‐development(自己啓発), Thinking(考え)

SenKuSya代表の原田です。 ルソーの「人間不平等起源論」をよんで最近よく考えている「自由」について、自分なりの考えをまとめたいと思います。 [amazonjs asin="B00H6XBKEO" locale="JP" title="人間不平等起源論 (光文社古典新訳文庫)"] ラジオ感覚で聞きたい方は、動画でどうぞ 後ほど追加します。 自由とは何だろう 自由とはそもそも何なのか。自由であるということはどういうことなのか。 逆に、まず不自由な状態というのを考えてみる。 不自由な状態というのは、何かに依存して、自分一人で決断ができない状態ではないだろうか。 例えば、刑務所にいるとき。 実際に体験したことはないから、「ショーシャンクの空に」や「プリズンブレイク」を見たところからの想像でしか無いが、 刑務所に入っている状態では、好きなものを食べることも、好きな様に生活することも出来ないはず。 不自由な状態で、一番分かりやすいのはそういう状態だろう。 じゃあ、次に、不自由ではないけど、自由でもない状態というのを考えてみる。 多くの人はこの「不自由じゃないが、自由でもない状態」に当てはまるんじゃないか。 例えば、会社や学校。 そこには、必ずそれぞれルールが存在する。そして、それは殆どの場合において、自分自身で作ったものではない。 ルールは必ず遵守しないといけないというわけではなく、嫌になれば、勝手に出ていったってかまわない。 だけど、何となく、そこのルールに従う。ルールの中で色々と試行錯誤する。 自分にとっての自由 最後に、自由な状態について考えてみる。 最近、「自由に生きる」とか「好きなことだけして生きる」みたいな、謳い文句が流行っているが、彼らの根底にある考え方は一体なんだろう。 僕が想像するに、それはお金ではないだろうかと思ってる。彼らは、お金があれば、一応満足するんじゃないだろうか。 お金かあ。 たしかに、お金があれば、自由になるのかもしれない。働く必要もないし、好きなところに住んで、好きな生活を送れるのかもしれない。 いま、何か嫌なことをやらなければいけない生活だとしたら、嫌なことをやらなくてもよく、誰からも何も強制されることはない。そういう意味では。。。自由なのか。 いや、しかし、自由ってのは本当にそういうことか。 うーん。いや多分、彼らにとっての自由ってのはそういうことだ。 「自由」が欲しいんじゃなくて、「お金」が欲しいって、多分、そういうことだろう。 じゃあ、自分はどうなんだろうか。 お金が欲しいのか。。。。いや、別に生活するだけのお金があれば、構わないかな。 それじゃあ、自分にとっての自由とは? ….「何でも出来る」ってことだろうな。

IMG_0861

タイタンの妖女を情熱的に感想・レビュー。SFという形式を借りた、”優しい”哲学書に出会いました。

Posted 1 CommentPosted in Blog(ブログ), Literature(文学), Philosophy(哲学), Thinking(考え)

どうもこんにちは、SenKuSya代表の原田です。 今日は、僕が今まで読んだ、文学の中で、一番長かった、タイタンの妖女について、語りたいと思います。これはアメリカのカート・ヴォネガット・ジュニアという作家が、書いた本なんですけど、この本の長さといったら、もうたまらないんですが、しかし、内容がとても面白いので、退屈するようなことは、ありませんね。 [amazonjs asin="4150117004" locale="JP" title="タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)"] ラジオ感覚で聞きたい方は、動画でどうぞ 後ほど追加します。 爆笑問題 太田光が超絶オススメ もともと、僕がこれを読んだきっかけと言うのは、僕は、芸人の爆笑問題の太田光さんが、とてつもなく好きなんですね。漫才が好きというよりも、彼の生き方、考え方、思考の深さ、みたいなところを、尊敬してるんですけど、彼は、昔から、物凄く本を読むらしいんですね。 だから、僕も真似して、彼がオススメしてる本ってのは、結構読んでるんですけど、その中でも、このタイタンの妖女は、自分の読書の中で、最高傑作だと行ってるんですよ。太宰治とか、宮沢賢治とか、ジョン・アーヴィングとか、サリンジャーとか、世界中のいろいろな作家の本を読んでいて、この中にも感動する作品は、たくさんあるのに、それでもなお、これが一番だって、言い切ってるんですよ。そしたら、これを読まないわけには、いかないだろうと、そう思って、読み始めました。彼の事務所は、タイタンってところなんですけど、これもこの、タイタンの妖女から、取ってきたらしいので、より一層、気になった次第です。 タイタンの妖女って、どんな話? それでは、早速タイタンの妖女の内容に入っていきたいと思います。内容を簡潔に説明すると、以下のとおりです。 時空を超えた、あらゆる時と場所に、波動現象として存在する、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードは、神のような力を使って、さまざまな計画を実行し、人類を導いていた。その計画で操られる、最大の受難者が、全米一の大富豪、マラカイ・コンスタントだった。富も記憶も奪われ、地球から火星、水星へと、太陽系を流浪させられるコンスタントの行く末と、人類の究極の運命とは?巨匠がシニカルかつユーモラスに描いた感動作。 まあ、この説明だけで、想像できる人は、かなりの強者です。 もう少し具体的に説明すると、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードという人物が、ある時、宇宙のブラックホールみたいなところに、飛び込むんですね。そしたら、神のような力を、手にするわけです。宇宙をまたいで、あらゆる場所に出現することが出来て、未来を予知することが出来るという、そんな力をですね。 そこで、主人公である、マラカイ・コンスタントという人物がいるんですが、この人は、もう親が稼いだ金で、全米一の大富豪なんですが、めちゃくちゃしてるわけですよ。特に、才能に優れているわけでも無いんですが、とにかく、運が良いんですね。運のよさだけで、カネを稼いでるわけなので、めちゃくちゃ傲慢なんです。そのコンスタントが、ラムファードの予知によると、地球を救うのに、欠かせない存在だとなるわけです。 それで、まあ、結論から言うと、このコンスタントは、ラムファードの予知に、一ミリも逆らえないんですね。全てがラムファードの予知通りに進むってわけです。 それで、地球での記憶を全て、奪われ、火星に飛ばされたり、水星に飛ばされたり、最後に、土星の衛星であるタイタンという星に飛ばされるわけなんです。 この本をとおして、ヴォネガットが伝えたかった、メッセージとは? 地球から、タイタンに飛ぶまでの経緯は、是非とも自分の目で確かめてほしいので、このブログでは、じゃあ、この作家が伝えたかったメッセージは何なの?、という結論だけ、述べたいと思います。 この小説では、宇宙が誕生した理由、地球が誕生した理由、人類が繁栄した理由、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードが神のような力を手にした理由、そして、マラカイ・コンスタントが、こんなに宇宙を放浪して、最終的にタイタンに到着した理由を、たったひ一つの理由で、片付けてしまいます。 それで、その、これまで人類が繁栄してきた理由ってのは、タイタンに不時着した、どこかの星から来た宇宙人の、乗ってきた宇宙船の、故障した部品を届けるためだったってオチです。 え、それだけ?僕たちが生きてきた理由って、たったそれだけ?ってことが、この長い物語のミソなんです。 つまり、作家のヴォネガットが伝えたかったのは、人間の生きてる意味なんて、大したことじゃないよってことです。そして、意味なんかあってもなくても、自分が考えたこと、経験したこと、感動したことは、偽りのない本物だろってことです。だから、安心して生きて良いんだよってのを、このヴォネガットは、この物語を通じて教えてくれるんですね。 そういうわけで、この物語は、哲学的な問いのようなモノを、すごく優しく解決してくれるんですね。そういう意味で、僕は大好きな小説です。いまは、量子力学の世界から、いまのこの世界、現実は、実は、誰かが作ったシュミレーションゲームのようなもので、仮想現実なんじゃないかって説も、あるじゃないですか。 だから、どうしたってわけです。仮に、仮想現実だとしたら、生きてる意味がなくなるってのか。そういうわけじゃないんですね。どういう意図で、自分がここに存在しているのか、まあ、そういうことは関係ないんですね。 勿論、それを専門的に調べる人たちも沢山いますが、そういうことは、それを調べたい人に任せて、僕たちは、意味とか意図とか、そんなんじゃなくて、純粋に、やりたいことをやって、生きていこうよ、もし、何か、意図があるのだとしたら、それは絶対的なものだから、僕たちが、どうこうやって、生きたって、結果は変わらない。だから、自分の、生の、本当の、経験や、感動、情熱ってのを、大切にして、歩んでいこうよって、思いました。 僕の感想としては、ここで終わりなんですが、この物語には、こころ打つ名言が、たくさん紹介されていたので、それを紹介したいと思います。 タイタンの妖女の中に、散らばる名言集 はじめて真実の愛を知るときを、たのしみに待ちたまえ、ビー。貴族性の外面的な証拠をなにひとつ持たずに、貴族らしく振舞うときをたのしみに待ちたまえ。きみが神から授かった威厳と知性と優しさ以外になにも持たなくなるときを、たのしみに待ちたまえ──それらの材料だけで、ほかのいっさいを使わずに、すばらしく美しいなにかを作りあげるときを、たのしみに待ちたまえ わしがランサム・K・ファーンにもしおまえのツキが落ちたらこの手紙をわたしてやってくれとたのんだわけはだれしもツキがあるうちはなにも考えんしなにも気がつかんからだ。そんなことする必要がどこにある?    だからせがれよ、わしにかわってまわりを見まわしておくれ。もしおまえが無一文でだれかがとっぴょうしもない相談をもちかけてきたとしたらわしはその話に乗れと忠告するよ。なにかをまなぼうという気になったらおまえはなにかをまなべるかもしれん。たった一つわしがこれまでにまなんだことはこの世には運のいい人間と運のわるい人間とがいてそのわけはハーヴァード・ビジネス・スクールの卒業生にもわからんということだ  新しく興味ある惑星を見る機会と、あなたの故郷の惑星を新しく美しい客観的な角度から見る機会を、さしあげたいので 善が、悪ほどたびたび勝利をあげることができないという理由は、どこにもない。勝利はすべて組織力の問題だ。もし、天使というようなものが存在するなら、せめてマフィア程度の組織力は持ってもらいたい 「あきれたもんだぜ、相棒」と彼は声に出していった。「おれたち、こんな宇宙の真ん中でなにしてるんだ? こんな服着てなにしてるんだ? このばかげたしろものの舵をとってるなあ、だれなんだ? なんでおれたちゃ、このブリキ缶に乗りこんだんだ? なんでおれたちゃ、むこうへ着いたらだれかを鉄砲で撃たなきゃならないんだ? なんで相手はおれたちを撃ちにくるんだ? なんでだよ?」とボアズはいった。「相棒、なんでだか教えてくれ 「おまえはおれに大ニュースを知らせにきた」とボアズはいった。「『ボアズ、おれたちは自由になれるぞ!』とおまえはいった。それでおれは興奮しちまって、自分のやってたことをおっぽりだし、自由になろうとした。  それからおれは、自由になるんだぞと自分にいいきかせた。そして、それがどんなことなのか考えてみた。おれの見えるのは人間どもだけだった。やつらはおれをこっちへ押しこんだり、あっちへ押しのけたりする──そして、なにをやっても気にくわず、なにをやっても幸せになれないもんだから、よけいにカッカする。それからこんどは、おれがやつらを幸せにしなかったのをブツクサいいだし、また押しあいへしあいをやらかすんだ レッドワインの会衆が、べつに風変わりなわけではない。べつに狂信者ぞろいというわけではない。地球には、みずからにハンディキャップを課して、しかも幸福でいる人間が、文字どおり何十億といるのだ。  なにが彼らをそんなに幸福にしたかというと、もう他人の弱点につけこむ人間がだれもいなくなったからである ラムファードは、宇宙のさすらいびとの気持ちを読みとった。「連中は、これがあべこべでも、やはりおなじように喜ぶんだよ」 「あべこべ?」宇宙のさすらいびとは聞きかえした。 「もし大きな報酬が先で、大きな苦しみがそのあとにきても、さ」ラムファードはいった。「彼らが好きなのは、その対照なんだ。事件の順序はどっちだって気にしない。つまり、どんでん返しのスリル── きみがこれまでの人生でやった善いことを、たったひとつでいいから話してみたまえ──思いだせる範囲で むかしむかし、トラルファマドール星には、機械とはまったくちがった生物が住んでいた。彼らは信頼性がなかった。能率的でもなかった。予測がつかなかった。耐久力もなかった。おまけにこの哀れな生物たちは、存在するものすべてなんらかの目的を持たねばならず、またある種の目的はほかの目的よりもっと高尚だという観念にとりつかれていた。この生物は、彼らの目的がいったいなんであるかを見出そうとする試みで、ほとんどの時間を費していた。そして、これこそは彼らの目的であると思われるものを見出すたびに、その目的のあまりの低級さにすっかり自己嫌悪と羞恥におちいるのが常だった。そこで、そんな低級な目的に奉仕するよりはと、生物たちは一つの機械をこしらえ、それに奉仕を代行させることにした。これで、生物たちには、もっと高級な目的に奉仕する暇ができた。しかし、いくら前より高級な目的を見つけても、彼らはその目的の高級さになかなか満足できないのだった。そこで、より高級なかずかずの目的に奉仕するよう、かずかずの機械が作られた。そして、これらの機械はあらゆることをみごとにやってのけたので、とうとう生物たちの最高の目的がなんであるかを見つける仕事を仰せつかることになった。機械たちは、生物たちがなにかの目的を持っているとはとうてい考えられないという結論を、ありのままに報告した。それを聞いて、生物たちはおたがいの殺し合いをはじめた。彼らは目的のないものをなによりも憎んでいたからである。やがて彼らは、自分たちが殺し合いさえもあまり巧くないことに気づいた。そこで、その仕事も機械たちにまかせることにした。そして機械たちは、〈トラルファマドール〉というのに要するよりも短い時間で、その仕事をやりおえてしまった 「なにが起こっても、どんなに美しい、それとも悲しい、それともうれしい、それとも恐ろしいことが起こっても」と、マラカイ・コンスタントはタイタンで家族に告げた。「おれはもうぜったいに反応しない。だれかが、それともなにかが、おれをある特別な方向へ行動させたがっているらしいとわかったとたんに、おれはてこでも動かなくなってやる」彼は土星の環を見あげ、口もとを歪めた。「なんとまあ絶景じゃないか」彼はぺっと地面に唾を吐いた。 「もし、なにかとんでもない計画におれを使おうと考えているやつがいたら、そいつはその時になってがっかりしないことだな。この彫刻のどれかを思うように動かすほうが、よっぽど楽だろうから」  彼はまた唾を吐いた。 「おれに関するかぎり、この宇宙はなにもかもバカ高い値段のついたゴミ捨て場だ。おれはバーゲン品を探してゴミ山をひっかき回すのにあきあきした。いわゆるバーゲン品というやつにかぎって、細いワイヤで花束爆弾につながってやがるんだ」彼は三たび唾を吐いた 「機械だって?」とサロはいった。たどたどしい口調で、コンスタントやビアトリスやクロノより、むしろ自分に聞かせるように。「たしかにわたしは機械だ、そしてわたしの種族も」とサロはいった。「わたしは設計され、制作された。わたしを信頼できるものに、能率のいいものに、予測できるものに、耐久力のあるものにするためには、どんな経費も技術も惜しみなくつぎこまれた。わたしは、わたしの種族の作りうる最高の機械だった」  サロは自問した。「そのわたしは、どれほどすぐれた機械であるかを立証したろうか?」  サロはいった。「信頼性? わたしは目的地へ着くまでメッセージを開かないだろう、と信頼されていた。だが、いまわたしはその封を破ってしまった」  サロはいった。「能率性? この宇宙で最大の親友を失ったいま、わたしは枯葉の上をまたぐのにも、これまでラムファード山を越えるのに使った以上のエネルギーを要するようになった」 […]

IMG_0833

桐島部活やめるってよを情熱的に感想・レビュー。人生の意味を問い続けると、最後は自己実現に落ち着く。

Posted 1 CommentPosted in Blog(ブログ), Movie(映画), Philosophy(哲学), Radio(ラジオ), Self‐development(自己啓発), Thinking(考え)

どうもこんにちは、SenKuSya代表の原田です。 今週は、先日ふと何気なく見た映画「桐島、部活やめるってよ」が最高すぎて、深すぎて、この素晴らしさをぜひとも共有したい、と思ったので、この映画ついて語っていきたいと思います。 [amazonjs asin="B00ANFT8R8" locale="JP" title="桐島、部活やめるってよ (本編BD+特典DVD 2枚組) Blu-ray"] ラジオ感覚で聞きたい方は、動画でどうぞ [youtube "https://www.youtube-nocookie.com/embed/cWcvBV3-ee4"] 見たことあるけど、よく分からなかったって感想が多い この映画を実際に見たことあるけど、結局何がいいたかったのか、何がしたかったのか良く分からなかった。そういう人はたくさんいると思います。それはなぜかって言うと、この映画は登場人物が心情を何も発言してくれないんですね。だけど、それこそが、この映画にリアリティを生み出している根源なんです。 例えば、東出くん演じる、人生に迷う菊池という高校生が出てくるんですが、「おれは、どういうふうに生きたらいいか分からなくなってる」とか、「おれは実際空っぽなんだ」とか、一切言わないんですね。 よく青春ドラマでは、「俺はこの試合に人生かけてるんだ」とか平気で入れますけど、あれは観客に分かりやすくするために入れてるだけなんですよね。実際そんなこと言う人なんて見たこと無いし、実際いたら、青春ドラマかお前は!、漫画の読みすぎだ!、とツッコまれてると思います。 だから、この映画では一切言いません。実際の人生では、そんなこと言わないんで、よりリアリティを持たせるために、全てカットしてます。それが、この映画の理解を難しくしてるんですが、それだからこそ、裏に秘められている真意とかメッセージ性は大きいんです。 いきなりだけど、桐島くんとは? まず、簡単にストーリーを話すと、この映画ってのは、桐島くんという、勉強が出来て、スポーツも出来て、女の子にもモテるという、完璧な高校生が、突然部活を辞めるってことになって、それが学校中で大騒ぎになるって話なんですけど、結論から言うと、この桐島くんってのは、最後まで一切出てこないんですね。 桐島は出てこないけど、桐島がいなくなることで、皆が大騒ぎになるっていう映画なんですけど、じゃあ、その桐島ってやつはこの映画で何を表してるかって言うと、高校生の象徴みたいなもんなんです。高校生が目指すべき像、そういうものを描いていて、それが急にいなくなった時に、どうすればいいか分からなくなる人ってのを描いているんです。 ですが、これは何も、高校生活だけにとどまらず、一般的な社会で言うと、社長が突然辞めるとか、天皇が突然いなくなっちゃうとか、そうなることで、その社会に属しているものってのは、大概パニックになっちゃうよ、っていう、そういう普遍的なことを描いているんですね。 生きる意味が分からなくなる高校生 そして、この映画の主人公は、小説は、東出昌大演じる菊池くんなんですが、映画では、神木隆之介演じる映画部の前田くんに、焦点が多く当てられてる気がしますね。 それで、この東出くんなんですが、彼も、桐島と似たような感じで、スポーツは万能で、勉強もできて、彼女もいてって言う、万能型の人間なんですが、彼は、全てが出来てしまうがゆえに、俺が本当にやりたいことはなんなのかってことを見失ってしまってるんです。高校生活だけじゃなくって自分の人生にも意味が見えなくなって、何のために生きるのかがよく分からなくなってるんです。 野球部でエースなんですけど、じゃあ上手く野球をやってたとして自分にとって何なのか、よくわからなくなっています。彼女もいますけども、彼女との恋愛も楽しくないんですね。 東出くんにしてみれば、もう野球とか恋愛とか、それら含めた全てに意味が無いことに気づいてるんですよ。勉強についてもそうで、勉強していい大学に行って、いい会社に入って、給料沢山もらって、お金をもらって、いい嫁さんもらって、じゃあ一体それが何なのかと、それ自体に意味が分からなくなってしまっているわけですよ。そんなことして一体なんになるんだという感じになってるんです。 劇中の中で、ある人物が、バスケ部を見て、「どうせ私たちは負けてしまうのに、負けるってわかっているのに何で頑張っているのかしら。」っていうセリフが出てきますけども、これはまさに人生そのものなんです。人生とは、どうせどんなに頑張ったって、どんなに金持ちになったって、どうせ死ぬんですよね。何もかも消えてなくなるんだったら、何のために生きてるんだろうってことを、問うてるわけです。 金持ちになって、すごく最高な暮らしをして、じゃあそれに何の意味があるのか、どうせ死んじゃうじゃないのか、ってとこまで考えさせる映画なんです。 神がいなくなっても全くぶれない3人 ここで、桐島くんがいなくなっても全くぶれない人が3人出て来ます。 一人は野球部のキャプテンです。野球部のキャプテンは、何でいつまでも引退しないのって聞かれて、「いや、ドラフトが来るまではね。ドラフトが来るまでは頑張るよ。」って言うんです。いや、来るわけねえだろ、馬鹿じゃねのかって、周りの人は感じると思うんですよ。 しかし、このキャプテンが演じているのは、他の神を待つ信仰者なんですね。つまりこのキャプテンっていうのは、来るわけもないドラフトっていうのを待ち続けて、それのために生きているんです。いわば、来るわけもない神様を信じている人ですね。絶対に来ないものを、来るわけのないものを待って、それで生きていける人です。 しかし、これも、絶対にかなわないってことを身に染みた時、どうするかっていう問題をはらんでいます。このキャプテン自身には、自分の信じる神がいるから、他の神(桐島くん)がどうなろうと、関係ないんですが、自分の神がいなくなった時は、同じように、パニックになるので、根本的な解決にはなってないというわけです。 そして、他にぶれないのが二人いて、それが映画部の神木くんと、吹奏楽部のキャプテンです。この二人は何故ぶれないか、これは、やりたいことを見つけているからなんです。 社会のシステムとか、金儲けであるとか、出世であるとか、学歴であるとか、そういったものは関係ないんですね。好きなものが見つかっている人には、やるべきことがわかっている人には。別にそんなフィクションとか関係ないんですね。システムとか嘘っぱちなことは関係ないんですね。 そして、この二人は、どちらも失恋するんですが、その失恋した想いっていうものをそれぞれの打ち込んでいる芸術に昇華させていきます。どちらも自己実現という形にするんです。 意味なんて、考えてない そして、最後、生きる意味を失ってしまった東出くんと、神木くんが屋上で出会います。その時、東出くんがでカメラを触らせてくれないかと言います。それは、自分は生きる意味がわからなくって辛いのに、なんで神木くんはカメラを持って楽しそうにしてるんだろうと、このカメラに特別な力があるんじゃないかっていう感じで、思うからです。ここには、自分がまだ気づいていない、生きる意味が隠されてるんじゃないかと思ってるわけです。 そして、そのカメラを通して、東出くんは神木くんに質問するわけです。 何で映画とってるの?映画監督になりたいの?女優と結婚したいの?アカデミー賞が欲しいの? これは何を聞いてるのかというと、結果として望んでいるものは?目的は?目標は?意味は?ってことを。本質的には聞いてるんです。 そしたら神木くんは照れながら、 「いやー、映画撮っていると、好きな映画とつながっているような気がして」としか答えないんです。 意味とか、結果とか、目標とか考えたことなくて、ただ好きでやってるんだ、って言ってるんです。 え、たったそれだけって感じです。ですが、ここが大逆転の瞬間なんです。 どういうことかって言うと、東出くんは全てにおいて完璧で勝利者でした。なんでも持っていました。だけど、たった一つ持っていなかった。それは意味や目的だったんです。しかし、神木くんは、意味とか関係ないし、やりたいことがあるからやってるとだけだと答えて、それによって、神木くんは、すべてを持っている東出くんに勝ったんです。 この映画が伝えたかったとこは、好きなことやってるやつが勝ち それで、この映画が伝えたかったことは、好きなことやってるやつは勝ちだってことです。それで上手くいかなくたって別にいい、好きなことをやってるんだから。なんか結果がければ、なんか意味がなければと思っているから、勝ち負けってのが出てくるってわけです。 哲学とか、生きる意味とか、そんなものを追求した時に、じゃあ自分って結局何すればいいんだっけと言うのに、必ずぶち当たると思うんですけど、その時の解決策ってのは、結局、自己実現なんですね。自分の考えを本にしたり、作品にしたり、何か形にしてみんなに伝えるっていうそういうことに落ち着くと思うんです。 そういうことを、改めて考えさせられた映画ということで、これを皆さんに伝えたかったというわけです。 自分はどちら側の人間? この映画を見て、へえ、そうなんだで終わりじゃないんですね。そんなもので終わる映画じゃなくて、じゃあお前はどっちだって言うのを、考えるべきものだと思うんです。 僕は、どうかって言うと、何も価値を求めず、好きなことだけを追求するってのはまだ無理です。そんな境地には達していません。 しかし、やり方は自分で決めさせろよって思ってます。そういう意味では、神木くんによりかもしれません。 ただの自己実現で終わらせるのではなく、しっかりと結果を出したいという気持ちはあるものの、そこまでの過程は自由に選べるだろって思ってます。さっき出てきましたけど、社会のシステムとか、金儲けであるとか、出世であるとか、学歴であるとか、そういったものは関係ないと思ってます。自分が好きで、やりたいものが見つかってるなら、そんな、他の人が決めたシステムとかは、自分にとっては嘘やデタラメと同じで関係ないんですね。 […]

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-19-4-03-44

僕が哲学にハマるまでに読んだ おすすめ哲学書10選

Posted Leave a commentPosted in Blog(ブログ), Philosophy(哲学)

次回のセミナーで、哲学について講義しますと言っていましたので、今回はそれの補足のブログですね。 まず、皆さんが思うのが、 「いやあなた、哲学についてじゃあどれだけ勉強したんですか」 って話だと思いますので、それについて少し語りたいと思います。 はっきり言って僕は哲学を極めたなんて、これっぽっちも思っておりません。 カントの思想も、ニーチェの思想も、アリストテレスの思想も深く考えられてないです。 ですが、僕は皆さんを哲学のスタートラインに立たせるぐらいのことなら語れると思ってます。 皆さんに問いますが、哲学を学習するためにするべきことは何だと思いますか? それはですね、ひたすらに本を読むことです。 誰かが分かりやすく解釈したものじゃなくて、原文を読むことをオススメしますが、まあ僕も原文だけ読んだのかと言われればそういうわけではないので、おすすめは、本屋の中のおすすめコーナーの本じゃなくて、自分でネットでも調べて、沢山の人がこれは読むべきだ!って言ってる本を読めば良いと思います。 ということで、今回は自分が読んだ哲学っぽい本を紹介します。 宗教の本もいくつか読んでましたが、それを今回紹介するとごっちゃになるなと思ったので、それは省きました。 一言付け加えて、10冊ほど紹介します。 嫌われる勇気 まず1冊目は、これは最近爆発的に流行っているので、皆さんタイトルぐらい見たことあると思いますが、 「嫌われる勇気」ですね。 これは、書いてある内容は他の本に比べれば薄いですが、取っ付きやすさNo.1ですね。アドラー心理学の本ですね。「すべての悩みは対人関係の悩みだ」っていうのがテーマですね。 [amazonjs asin="4478025819" locale="JP" title="嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え"] 幸せになる勇気 次は、その続編の「幸せになる勇気」ですね。 これは、1冊目に比べればインパクトは弱いですね。1冊目の実践編みたいな話です。 [amazonjs asin="4478066116" locale="JP" title="幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII"] アドラー心理学入門 3冊目は、「アドラー心理学入門」です。 これは、アドラーがどう生きたのかってことと、先程の2冊を更に詳しく書いた本ですね。 [amazonjs asin="4584103127" locale="JP" title="アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)"] 愛するということ 4冊目は、「愛するということ」です。 これは、「幸せになる勇気」の後半にも紹介されていた本ですが、個人的にはこっちを読んだ方が理解がよりいっそう深まると思います。 これは、愛を哲学的に分析しており、個人的に超オススメ本ですね。 面白すぎて、線引きまくりでしたね。 [amazonjs asin="4314005580" locale="JP" title="愛するということ"] ソクラテスの弁明/クリトン 5冊目は、ここから本格的になりますが、「ソクラテスの弁明/クリトン」です。 これは、見ての通り凄く薄いんですが、内容が濃いし、小難しいので、僕も最初読んだ時は30分かけて、5ページぐらいしか読めませんでしたね。しかし、後半のクリトンの話になると、どんどん引き込まれていって、最終的に、よし、ソクラテスの様に誠実に自分も生きよう!ってなります。 [amazonjs asin="4003360117" locale="JP" title="ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)"] 国家 続いて、6冊目、7冊目は、ソクラテスつながりで、プラトンの「国家」です。 […]

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-19-3-48-35

哲学を学んで、揺らぐことない人生の指針を手に入れる セミナー開催11/23(祝日水曜)

Posted Leave a commentPosted in Philosophy(哲学), Seminar(セミナー)

SenKuSya代表の原田皇侍です。 今回のセミナーの主題は「哲学」です。 皆さん、哲学についてはどう思っていますか。 金にもならない、役に立たない学問だと思っていますか? 確かに、この科学万能の時代に、なぜ、古代や中世、ルネサンスなどに生きた、頭でっかちな人々が研究してた学問を掘り起こさないといけないのかって思うかもしれませんが、哲学っていうのはそれだけ人を引きつける力がある学問なのです。 今の世の中、世界の市場は日進月歩で進化をしていますので、最先端の技術ですら、数年もすれば廃れて使われなくなっていくでしょう。 だけど、哲学は死にません。 過去何世紀も前の人達が考えていたものが、現代でも重宝されているので、そんじゃそこらで廃れる学問でないことは明らかですが、その理由は、哲学というのは、自分の生き方を考えさせてくれるからです。 どの時代に生まれた人でも、人はみな自分が進む道が何なのか、どう有れば良いのかって迷っています。 そんな中で、少なくとも自分は、道筋はどうであれ、こういう風に生きる!っていう、それが分かっている人は自分の道をひたすらに突き進むことができます。 それと、哲学を学ぶ理由はもう一つあります。 皆さんが哲学と聞いて、思い浮かぶ言葉の中に、「なぜ?」って言う言葉があると思います。 その「なぜ?」をひたすら追求したのが哲学という学問なのですが、これを知ることによって、日常生活を送っている時に感じる様々な違和感に「問い」を立てることができます。 その「問い」を解決できれば、皆さんは必ず一歩成長するでしょう。 そういう自分の頭で考えるきっかけを作ってくれる学問だとも思っています。 それで、セミナーの内容ですが、2つの人物の考えを紹介しようと思います。 一つは、今話題沸騰中の心理学者アドラーです。 [amazonjs asin="4478025819" locale="JP" title="嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え"] [amazonjs asin="4478066116" locale="JP" title="幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII"] [amazonjs asin="4584103127" locale="JP" title="アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)"] 彼を取り上げる理由は取っ付き易いからです。難しい学問は苦手な方でもアドラーの考えを受け入れることはさぞ難しくはないでしょう。 そして、もう一人はソクラテスです。 取り上げる理由は、勿論、哲学といったらこの人だろっていう人物だからです。少し難しいですが、分かりやすく解説しますので、ご安心ください。 [amazonjs asin="4003360117" locale="JP" title="ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)"] それでは、11月23日の祝日に品川でお待ちしておりますので、ぜひご参加お待ちしております。 イベント詳細 日時:2016年11月5日(土)14:30〜16:30 料金:3,500円 場所:EX会議室 品川 (東京都港区高輪3-25-18) JR山手線 品川駅から徒歩1分 お申込みはこちらから 前回のセミナー動画はこちら 11/5 セミナー動画【「才能開花」ー世界で戦える力を自分から発見する為にはー】